事業承継M&A 雑感(その1)

2024.01.13

企業支援

中小企業の後継者不足解消方法の一つとして、事業承継M&Aが認知されるようになってきました。以下では、事業承継M&Aの背景、意義、手法、留意点等について述べます。

1.背景
2.事業承継M&Aとは
3.事業承継M&Aの手法(以上本号)
4.デュー・ディリジェンス
5.対価の決め方
6.各手法のメリット・デメリット
7.留意点

1.背景
日本国民全体の高齢化に伴い、中小企業の経営者の年齢は、1990年第の54歳から202年の60歳へと上昇しています(中小企業庁「中小企業白書第2章」)。また、後継者のいない企業の割合は、2011年の65.9%から2022年には57.2%へと減少しています(帝国データバンク「全国企業後継者不在率同項調査(2022年)」)。このような事業承継の必要性の高まりと後継者不足により、第三者への事業承継の手段としてのM&Aが注目されるようになりました。


2.事業承継M&Aとは
事業承継は経営者の変更を意味し、M&A(merger and acquisition)は本来は企業の組織再編手続である合併・株式譲渡・事業譲渡・会社分割等を意味します。確立された定義はありませんが、事業承継M&Aは、事業を承継するためにM&Aの手法を利用するものといえます。


3.事業承継M&Aの手法
①株式譲渡
株式を譲渡することにより株主が変更します。買主が対象企業の実質的支配権を取得するためには株主総会の特別決議に必要な3分の2以上の株式が必要です。株式を譲渡するためには、株式譲渡契約の締結⇒株式譲渡代金の支払い⇒株主名簿の書換(株券発行会社の場合は株券の引き渡し)で足り、事業譲渡の場合のような各種移転手続は不要ですが、企業の抱える負債等も引き継ぐことになります。そのため、買主側は、株式譲渡契約締結に先立ち、対象企業の隠れた債務やリスクの有無を確認するためにデュー・ディリジェンス(買収監査)を行うのが通例です。
②事業譲渡(会社法467条以下)
企業の特定の事業に関連する資産・負債・従業員・契約等のみを譲渡します。対象事業の範囲を限定することにより、対象外の事業のリスクを排除することが可能です。買主が企業の収益性の高い特定の事業のみに関心がある場合に適しています。事業を譲渡するためには、事業譲渡契約の締結⇒事業譲渡代金の支払い⇒事業の引き渡しが必要ですが、資産・負債の移転手続(不動産であれば登記手続)、従業員の転籍手続(従業員の同意取得)、契約の移転手続(相手方の同意取得)を個別に行う必要がありますし、対象事業に必要な許認可を買主が改めて取得しなければならないこともあります。「事業譲渡又は合併を行うに当たって会社 等が留意すべき事項に関する指針」(https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00011980&dataType=0&pageNo=1)により、従業員の同意取得に先立ち、労働組合等との事前協議及び従業員との事前協議が求められますので、従業員保護手続については会社分割と実質的に変わらないといえます。また、対象事業の隠れた債務やリスクの有無を確認するためにデュー・ディリジェンス(買収監査)を行うのが通例です。
③会社分割(会社法762条以下)
企業の特定の事業を新設会社(新設分割)又は既存会社(吸収分割)に移転させます。移転の対価を対象企業(分割する企業)が受け取る場合(物的分割)と対象企業の株主が受け取る場合(人的分割)とがあります。新設分割の場合は分割計画書を作成し、吸収分割の場合は分割会社と承継会社間の分割契約書が必要になります。新設分割の場合は、対象企業が新設分割により取得した新設会社の株式を譲渡することになります。事業譲渡と同様に、事業の一部を移転しますが、事業譲渡の場合のような個別の移転手続が不要というメリットがあります。但し、従業員を保護するため、会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律に定める手続(労働者・労働組合への通知、協議等)を遵守する必要があります。事業譲渡と同様に、対象事業の隠れた債務やリスクの有無を確認するためにデュー・ディリジェンス(買収監査)を行うのが通例です。
④合併(会社法748条以下)
企業が相手方企業に吸収されて法人格を失う合併(吸収合併)と企業と相手方企業がいずれも新設会社に吸収されて法人格を失う合併(新設合併)とがあります。株式譲渡と同様に各種移転手続は不要ですが、新設合併では許認可を承継できないため、吸収合併が選ばれることが多いです。株式譲渡と同様に、買主側は、対象企業の隠れた債務やリスクの有無を確認するためにデュー・ディリジェンス(買収監査)を行うのが通例です。