IPOをめざそう(その4)~ 資本政策(その1)

2024.05.27

企業支援

今回は、IPOの準備の中で、その中心線とも言える資本政策について説明します。資本政策とは、株式の上場を見据えた、株式の発行および株式の移動の計画を言います。作成に当たって考慮すべき要素には、会社に必要な資金の調達の方法と時期、株式売却による株主のキャピタルゲインの獲得、上場後の株主構成、役職員に対するインセンティブプラン、上場審査基準などがあります。これらの要素を事業計画の進展に合わせバランス良く組立てていきます。計画作成は、幹事証券会社などの助言を受けながら経営者自身が判断すべきものです。IPOコンサルの会社、ベンチャ-ファンドなどから助言を受けることがありますが、利益が相反しその立場を有利にするバイアスがかかっている場合もありますので、注意が必要です。

資本政策をどのように作成するか、もう少し具体的に見て、考慮すべき要素を簡単に説明します。

1. 作成方法
2. 考慮すべき要素
(1) 資金調達の方法(以上本号)
(2) 上場時の公募・売出しとキャピタルゲイン
(3) 上場後の株主構成
(4) 役職員に対するインセンティブプラン
(5) 上場審査基準

1. 作成方法
資本政策のベースとなるのは、事業計画です。どの会社も通常、銀行から借入れを行うなどの目的で事業計画を作成していると思います。上場の審査をパスし、投資家にこの会社に投資したいという評価を受けるためには、精度の高い合理的で説得力のある計画を作成する必要があります。過去の経営成績や現在の経営環境、他社との競合などを分析し、どのような経営理念に基づきどのような経営戦略を持って会社を経営していくのかを説明し、3~5年程度の事業計画に落とし込みます。中期の事業計画を月次に展開したものを予算として経営を管理していきますが、予算と実績に解離が生じた場合、追加の施策を実施したり必要な軌道修正を行うなど、PDCAのサイクルを回していくことが経営にとって重要です。
事業計画に基づき株式の価値を想定し、資金調達のための新株式の発行、既存株主の株式売却、ストック・オプションの発行など、株式の発行と移動をどの時期にどういった内容で行うか、シミュレーションしていきます。株価の想定は、通常、類似会社のPER(株価収益率)を使って行います。

2. 考慮すべき要素
(1) 資金調達の方法
資金調達の方法は、株式の発行によるエクイティ・ファイナンスと借入など負債によるデット・ファイナンスに大別されます。エクイティ・ファイナンスは、返済の必要はありませんが、配当といった経済的な権利に加え比率に応じ株主総会の決議権など様々な権利が発生します。会社経営の自由度は低下することになりますし、反社会的勢力が株主となれば、IPO自体が困難になってしまいます。他者への株式の割当・移動は慎重に行わなければなりません。デット・ファイナンスは、利息を支払い元本を返済する必要がありますが、株式の持分比率に変動は生じません。ベンチャーファンドから出資を受ける時には、転換権付の優先株といった中間的な形態も使われます。出資時に、株主間契約を締結することが一般的で、経営内容の報告に加え取締役の派遣や重要な経営判断事項について同意を必要とするなどの条件が付されることがあります。
エクイティ・ファイナンスとデット・ファイナンスのコストについて、簡単に補足します。エクイティは、返済の必要が無く、利益が上がらなければ配当の支払いも無いから、「ただ」のお金のように勘違いする経営者もいますが、リスクが高いため高いリタ-ンが要求されます。投資家の株式投資の期待するリターン(収益率)は、通常CAPM(資産資本価格モデル)を使って計算されています。一番リスクの小さい負債金利(国債の金利)に、過去の株価変動に基づいて算定される市場の変動リスクをその企業の固有リスクに合わせ要求されるであろう利率を推定加算したものです。会社としては、それを上回る収益を上げていかなければなりません。2014年に発表された「伊藤レポ-ト」は、ROE(株式資本利益率)の最低の目安を8%とし、株式資本コストの認識の重要性を説きました。東証の2015年のコ-ポレ-トガバナンス・コ-ドの策定や2023年のPBR(純資産倍率)1倍割れの企業に対する改善策の要請など、基になる考え方は同じであり、政策保有株の売却が進んでいるのもこうした流れの一環です。これに対し、デット・ファイナンスは、現在金利は底を打ったとはいえまだまだ低金利の環境下にあり、利息は損金処理できるため税金を考慮すれば、なおさらコストが低いということになります。会社の資本コストを最低にするには、株式資本をできる限り小さくすれば良い訳ですが(レバレッジを最大限に効かせた状態)、実際には財務の安定性を欠くことになり借入れができなくなります。資本と負債の一定のバランスが要求されることになります。